岐阜織物産地(鏡島、長森地区)
  岐阜織物工業協同組合
岐阜織物工業協同組合 アパレル・織物の街として知られる当産地は織物生産地帯である濃尾平野の一地区を占め布との縁が深くなかでも、岐阜市西部鏡島地区を中心に絹織物(縮緬)生産を開始したことが始まりで、幾多の盛衰を経て岐阜県を代表とする地場産業として目覚しい発展を続けて参りました。古くは慶長(1596年〜1615年)尾張長島から岐阜に移り住んだ一族が薄絹を織り京都で売り出したところ絹織物(縮緬)が岐阜名物となりその後岐阜縮緬として量的に拡大していった。生産は明治以降も盛んに行われたが昭和に入り素材は絹から人絹へと変わり縮緬の生産は昭和30年代まで続いた。 衣服の洋風化に伴って次第に服地(スフ織物、化合繊維物、毛織物、綿織物)やインテリア関係の織物の研究が進み昭和40年以降急速な発展をとげ隆盛を誇るようになった。現在では各種素材の織物をはじめ撚糸、染色、整理、から縫製、アパレルまで一貫生産する繊維産業として日本又は世界に知られるようになった。 しかしながら、最近の業界を取り巻く環境はかって経験したことのない苦境に直面しており消費者ニーズの個性化多様化に合わせて伝統のみに固執せず機能性、ファッション性の高い新しい織物を生産する柔軟な姿勢が注目されファッションの街・岐阜の一翼を担っています。